ウルオのつぶやき

ウルオの日々の想いや不思議な話をゆる~くつぶやくブログです

注意されるということ

 

大人になり歳を重ねると、何か間違いやおかしな行動をとっても、わざわざ注意してくれる人は少なくなっていく

 

自分だってそう

自分の子や主人など、身近な存在になら説教みたいなこともできるけれど、他の人にはそんな事滅多にしないし、できない

だから、そういう言いにくいことを言ってくれる人は、本当に大切にしたいと思っている

 

だって嬉しいじゃない

注意するのは、その相手に変わって欲しいから

本当にその人のことを考えているから

それってつまり『愛』なのだと思うもの

 

そして、もう一つ嬉しいのは、注意してもらえた自分のこと

関心が無かったら、きっとわざわざ注意したりしない

言っても無駄だと思う相手には、きっとわざわざそんなことしない

誰かに注意してもらえるってことは、自分の今の状態を現わしている

誰かの愛や優しさを、素直に受け取れる器があると、そう判断してもらえたってこと

 

私に関心を持ってくれて、ありがとう

私に愛を注いでくれて、ありがとう

私を認めてくれて、ありがとう

私を信じてくれて、ありがとう