ウルオのつぶやき

ウルオの日々の想いや不思議な話をゆる~くつぶやくブログです

望みは叶う

 

叶えたい願いがあるとき

私はそれを『夢』と設定しない

設定するなら『望み』として心に置く

 

『夢』という言葉には

それに染みついたイメージがある

 

私が持つ『夢』のイメージは

・スケールが大きなもの

・現実離れした物事

・叶えるのが難しいもの

・憧れるけれど現実には手に入らないもの

など

 

『夢』という表現をするとき私は

それを『現実』とは切り離した何か特別なものとして扱ってしまう傾向があるみたいだ

 

願いを『夢』と設定した途端に

それが現実化が困難な案件となっていたなんて

なんて厄介なトリックだろう

 

だからこれからは

全てを『望み』に変換することにした

 

今自分が何を望んでいるのか

ただ単純に

ただ素直に

確認して認識していく

 

美味しいものが食べたいとか

気楽でいたいとか

いつも笑って過ごしたいとか

争い事は避けたいとか

 

そんな日々の細かな『望み』

それを叶えるのは自分自身

さらりと動けば『望み』は割とすぐに叶う

 

『望み』の叶え方は本当に簡単

そうなる様に動けばいいだけ

 

そんな感じで

望むことと叶えることをセットにして

何度も何度も繰り返す

 

そうこうしているうちに

『望みは叶うもの』

そんな方程式が成り立つようになってくる

 

このように思考が切り替われば

望みの現実化が起こりやすくなっていく

 

奇跡は

起こるのを待つものではなく

自分で起こすもの

 

『望みは叶う』

叶えるのは自分自身

 

 

苦手と嫌い

 

寒いのは

少し苦手だけど

嫌いなわけじゃない

 

寒い日には

寒い日なりの

楽しみ方がある

 

あったかコーデでお洒落したり

ホットドリンクでほっこりしたり

熱々メニューでほくほくしたり

 

それはそれで

気分も上がるし

この季節にしかない喜びは

期間限定のスペシャルだから

 

苦手と嫌いは

決してイコールではない

 

苦手の中にも

沢山の好きが詰め込まれている

 

 

宝くじ

 

宝くじが当たったら

あれをしよう

あれを買おう

あそこに行こう

 

そんな風にワクワクしながら

色んな幸せを夢見て

宝くじを購入していた

少し前までの私

 

そういえば最近

何となく気が向かなくて

宝くじの購入を

パタリとやめていた

 

理由は特に無くて

ただ何となくそうなっていて

その事を特に気に留めてもいなかった

 

そのことについての

答えのようなものが

昨日の夜ふっと降りてきた

 

それはこんな直感

 

宝くじの購入は

夢を叶えるという意味においては

私にとっては逆効果だったということ

 

夢を叶えようとするエネルギーが

宝くじを購入する行為によって

逆に滞っていたのだということ

 

夢が叶うプロセスを

『宝くじが当たったら』

と設定してしまうことで

逆に夢が叶いにくくなっていたのだということ

 

夢の叶え方は無数にあるのに

その可能性を狭めていた

 

無意識に

無自覚に

 

可能性は無限

現実化のプロセスに制限はない

 

『宝くじが当たったら』

それは巧妙なトリックの様に

私から無限の可能性を切り離していた

 

夢を叶えること

現実化させることに

制限はない

 

無制限に

自由に

望むことの大切さ

 

 

思考停止

 

今まで当たり前だと思っていた

世の中のあれこれについて

 

何の疑いもなく

何の疑問も持たず

何の考えも無しに

 

常識とか

ルールとか

みんながそうしているから、とか

 

そんなぼんやりとした理由で

沢山の思い込みが染み付いていた

 

それは完全なる思考停止状態

何も考えていないのと同じこと

 

その意味を

その理由を

その起源を

その結末を

しっかりと自身で思考すること

 

そのカラクリと

そのトリックに

気がつくことが出来ること

 

 

全てを委ねる

 

物事が進むタイミングや

物事が停滞する時期がある

 

それらを自分でコントロールしようと思うと

逆に効率は悪くなる

 

エネルギーには流れがある

それは絶え間無く流れ

渦を巻きながら循環している

 

その流れを読み取り

その流れに逆らわず

流れのままに身を任せる

 

何の抵抗も無くその流れに乗るとき

全ては完全で完璧に流れてゆく

 

もしも物事が上手く進まず

もしも心地悪いと感じているなら

それを解消する為に一番効果的なのは

心と身体の力を抜いて緩むこと

 

頭の中を空にして

全身の力を抜いて

宇宙のエネルギーの流れに乗って

 

ただ流されるままに

ただ運ばれるままに

全てを委ねてしまおう

 

 

巡る季節

 

秋は深まりゆき

来る冬に向けて

少しずつ少しずつ

日々変化している

 

草の色が変わり

野の匂いが変わり

耳にする音が変わり

食材や味が変わり

風の温度が変わり

 

そうやって

季節の巡りを

身体全体で感じる

 

その瞬間を切り取って

よく味わい

よく噛み砕いて

自身の中に取り込む

 

豊かさに溢れたこの世界に

存在していることの喜び

 

巡る季節を

感じることの喜び

 

 

 

生活

 

生活って何だろう

そんなことをふと思った

 

毎日の食事の為にスーパーで買い物をして

掃除や洗濯にはそれぞれの道具が必要で

季節毎の洋服や靴なども用意して

車にはガソリンを入れなきゃだし

住宅の修理も必要に応じて

 

このように、生活を支える為にはお金が必要

収入を得る為には仕事を続けなければいけなくて

生活の為に働く

そんな毎日

 

何か大事な部分が捻れている

それは何となくわかるのだけれど

それでもそんな事考えている暇が無いくらい

毎日忙しなく過ぎてゆく

 

生きる為の活動と書いて『生活』

生活とは本来そういうものなんだと思う

 

だけど私の生活は

収入を得て消費することに終始している

そんなことをふと思ってしまった