先日、娘が何やら日記のようなものを書いているのを目撃しました
それが何だか微笑ましくて、、
夏休みに入ってからは、部活に、勉強に、お友達との時間にと、忙しいながらも充実した様子の娘
その瞬間の気持ちを、日記に閉じ込めたいと思ってのことなのかしら、、
母は勝手な妄想を膨らませつつ、成長を感じてほっこりするのでした
……
そんな私も、実は毎日日記を書いています
私は『10年日記』というものを使っていて、今年でかれこれ17年目になります
その10年日記は、1ページが同じ日付で10年分書けるような作りになっていて、1日分のスペースは3行程度
だからさらりと書き込めて、続けることが負担にならないので、私にはとても合っていると感じています
ちなみに、それよりも前は1年1冊の普通の日記帳を使っていて、毎日じっくり?書き込んでました
でも、結婚して子供ができてからはそんなにじっくり時間を掛けていられなくなり、今のスタイルに落ち着きました
一日の終わりに日記を書く
限りあるスペースに、その日の出来事や気持ちをギュッと詰め込む
その行為が、自分の事を客観視して振り返るのに丁度良く、しかもそこで意識の調整がなされているようにも感じています
10年日記を使っていると、それぞれの年の同じ日に何があったかがすぐに目に飛び込んでくるので、自分の成長や変化を感じ取れ、時々しんみりできたりします
そして、自分の書く文字の変化が面白いです
心の状態とかエネルギーの状態によって変化があるのが見て取れます
日記用の筆記用具としては、ずっと同じ万年筆を使っています
その万年筆、ずっと同じカラーのインクを使っているのに、ある時期だけ色が明らかに違う部分があったりするんです
それが、たまたまなのか、大きな事件があって私の心に大きな変化が起こった時期とリンクしたりしていて、、
もしかして、エネルギーの変化が現実世界に影響を及ぼしてる??とか勝手な妄想を膨らませては一人で盛り上がり、こっそり楽しんだりしています
時々、過去の日記の何気ない一言に驚愕する事があります
軽いタッチで書き込まれた『○○が欲しいな~』とか『○○にならないかな~』とか『○○だったら最高!』的な言葉
それが時を経て、その通りに願いが叶ってるのに気が付くときがあるからです
結構、荒唐無稽な無茶な内容までもが現実化したりしていて、、
そんな時は改めて、思考や発言や書き出すことのパワーを思い知らされます
日記をアファメーションのツールとして考えたり使ったりしていた訳ではなかったのですが、普段の何気ない思考がどれ程現実化に繋がっているかの答え合わせができるのは、少し面白いなと感じました
それから、私は時々不思議な夢を見たりするので、特に印象に残る夢を見た時にはメモがてら日記に書いたりもするのですが、その時はよく分からなくても後になってから意味が分かって、『あぁ~!』となったり『ぞわわ~』となったりすることがあります
そういう振り返りにも、何気に役立っています
毎日たった3行ずつの日記でも、それが積み重なり17年分の記録となると、それは結構な財産となるように感じています
継続は力なり
塵も積もれば山となる
、、、ですね